もうひと花咲かせようと、思い立ったが吉日!

スキーインストラクターになったきっかけは?

シニアインストラクターになって早9年目。もうそんなになったのですね。
インストラクターになったきっかけ、それは60才の定年を迎えた頃でした。それまでの38年間は、新しい通信システムの開発、建設、海外との電気通信技術の標準化などにも携わり、関係機関への出向 、乗船勤務なども経験しました。それはそれで充実していて、やりがいのあるものでしたが、技術進歩の早い分野、これからも同じ道で続けて行くのがいいのか、ここでもうひと花、違う道で咲かせてみようかを思っていた矢先、杉山スクールのホームページにシニアスタッフ募集の記事を見つけ、即応募したのが始まりです。

憧れていた赤白のウエア。まさか自分が着るなんて。

スキーはいつから始めた?

前職時代、入社して間もない頃に赴任したのが大阪支社、その会社の先輩から「スキーはやったことないのか?教えてやろう。」と六甲山人工スキー場へ誘われたのがはじめてスキーをはいた時でした。ひもで編み上げの革靴で、踵をワイヤーで留めるビンディング。リフトは一基。こうして滑るのだと。先輩のハの字スタイルを見様見真似で斜面をズルズルズルーと。これはいい愉しい!その後、会社スキー部へ所属し、社内スキー講習会、競技会さらに当時毎年開催されていた全国身体障害者スキー大会の支援などとスキーにはまって行きます。そして、社内スキー講習会で教えて頂いた杉山スクールを知ったのもこの頃でした。赤白ウエアのインストラクターに憧れて!それがなんと自分がその赤白ウエアを・・・。感慨深いものです。

大変なこと < お客さんの喜ぶ姿

いいことばかりではなく大変なことは?

若い人に比べると、やはり体力的には落ちています。動作は鈍いし、物忘れも多い。また、スポーツハイムでの共同生活の中で世代間ギャップもありますし、朝の朝礼体操、打ち合わせ、ミーティング、レッスンなどの実務業務に加えて、食事の片付け、掃除当番なども自分たちで行います。確かに疲れないと言えばウソになります。でも、お客様が、「楽しかった、滑れるようになった、また来たい。」と喜ぶ姿を見ていると、よし!明日も頑張ろうっていう気持ちになります。前職では味わえなかったそういった喜び。インスタラクターになって初めて感じることがきました。

トシを重ねるごとに湧き出す好奇心。

今後やりたいことは?

何でもやって見たい!今年からスノーボードを始めました。この歳になってスノーボードは無理かなと半ばあきらめていたものの、やって見たらこれもまた面白い!まだ初心者で、滑った回数だけ上達するのが楽しい。スキーとボード技術 一見違いそうですが、重心移動、体の使い方などスキーと共通する点が多々有り。改めてスキーを見直すことがあります。さらに好奇心は深まり、次はスケボーか!

何かを始めるのに、遅すぎるなんてことはありません!

応募を考えている方へメッセージを。

テニスは「コーチ」、スキーは「先生」と呼ばれます。これはスキー教師の責務は重い、この尊敬、期待に応えて行くべき謙虚さと常に自身を磨く努力が不可欠です。
私たちがレッスンするお客様は、未就学のお子様から80才を超えた方々まで、社会人としては職業的にも非常に幅広く、従ってスキー教師の資質は、スキー技術はもちろんのこと、その人の人生経験を踏まえた人格の方が大きな要素を占めると思います。そこで社会経験の豊富な中高年者シニアインストラクターの出番ではないでしょうか! 会社人生に区切りを付け、第二の人生。これからは自分の好きな事、やりたいことをアクティブにやりたい。ぜひ皆様もチャレンジしてみてはいかがでしょう。 何かを始めるのに、遅すぎるなんてことはありません!

私のシーズンオフの仕事場です。

私はこの数年前から、テニスを教えるようになりました。日本体育協会公認のテニス指導員資格を取得し、毎年志賀高原で新緑が始まる夏季グリーンシーズンの「杉山野外塾」のテニスを担当しています。テニスは足ニスとも言われ、予測動作と下肢の機敏な動きが大切でスキーのオフトレにも適しています。白一色の銀世界から一転、眩しいばかりの陽光を浴びた新緑の世界へと変貌する山々と、同時に雪解けから目覚めた緑と赤茶色に塗られたテニスコート。その対比が鮮やかです。 夏の暑い時期、すずしい高原テニス、最高です!

杉山スクールは50年の歴史があるスキースクールです。 新たな50年の歴史を共に作っていきませんか。
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